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ノーフォーク(USS Norfolk, DL-1)は、アメリカ海軍初の嚮導駆逐艦。当初は CLK-1 (対潜巡洋艦)として計画された。その名を持つ艦としては2隻目。同型艦はない。 == 艦歴 == ノーフォークは1949年9月1日にニュージャージー州カムデンのニューヨーク造船所で起工する。1951年12月29日にベティ・キング・ダックワースにより命名、進水し、1953年3月4日にクラレンス・マシスン・ボーリー艦長の指揮下就役した。 ノーフォークは最新型のレーダー、ソナーその他の電子機器を搭載した全天候下で運用が可能な対潜水艦戦闘艦であり、第二次世界大戦中の建艦ブーム後の1947年に建造が承認された最初の主力艦であった。軽巡洋艦の船体で設計された嚮導駆逐艦であり、通常の駆逐艦に比べてより大型の探知機器を搭載することができた。 1954年2月のカリブ海での調整巡航後にノーフォークは大西洋艦隊に配属され、1955年から1957年の間に第2、第4、第6駆逐艦隊の旗艦任務に従事した。1956年から57年には大西洋艦隊駆逐艦部隊の指揮艦となる。1957年6月にノーフォークは大西洋艦隊最高司令官ジェラウルド・ライト提督の旗艦として国際観閲式に参加する。 1955年後半には主缶の爆発事故を起こす。 1959年にMk.33 50口径3インチ連装砲が4基とも全てに交換され、20mm砲は撤去された。1960年にはアスロックランチャーが増設され対潜能力が増強された。 1960年5月10日、ノーフォークはサリヴァンズ (''USS Sullivans, DD-537'') と共にフロリダ海峡をパトロール中にキューバの小型艇から攻撃を受けた。 1961年秋には第2巡洋艦駆逐艦隊の旗艦として「UNITAS II」に参加する。同演習ではベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルー、チリ、アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジルの各海軍艦艇と共に対潜水艦訓練を行った。ノーフォークは南大西洋軍司令官の旗艦として続く5年にわたって同任務を繰り返した。1962年のみ大西洋艦隊巡洋艦駆逐艦部隊司令官の旗艦として参加した。 ノーフォークは1966年11月28日から12月16日まで旗艦として「LANTFLEX 66」に参加する。この演習の間にノーフォークはソ連の牽引船 ''Repiter'' と ''Teodilit'' を追跡した。1967年の秋には「UNITAS VIII」に南大西洋軍司令官の旗艦として参加し、対潜水艦戦能力を再び実証した。 ノーフォークは1968年4月17日から10月15日まで中東軍司令官の旗艦任務に従事する。この任務ではバーレーン、仏領ソマリランド、サウジアラビア、エチオピア、ケニア、セーシェル、モーリシャス、マダガスカル、インド、パキスタン、オーストラリア、ニュージーランド、タヒチ、メキシコ、パナマ運河地帯を訪問した。1968年10月にノーフォークはバージニア州ノーフォークに帰還し、1970年1月15日に退役、大西洋予備役艦隊入りした。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ノーフォーク (嚮導駆逐艦)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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